写真を撮ることの意味 写真の暴力について

以前から考えていたこと。
いや、それ以上に、肌身を通して感じていたこと。
でも、それを自分の言葉として、
うまく表現できなかった。
だから黙っていた。

でも、たとえうまく伝えられなくても、
そろそろそのことを話してみようかと思っている。

写真というのは、素晴らしい発明だ。
そして、それは、わたしたちの記憶を補完し、
より豊かな物語を紡いでくれるきっかけともなる。
その扱いを誤らなければ、それは素晴らしい表現手段でもある。

でも、それが一転して暴力の道具となるケースは、
今の世界ではとても多いと感じる。
多くの人たちは、それに気がついているのではないか。
そう信じたい。

でも、どこかで目を閉じている。
他人を侮辱したり、悲しみを増幅させたり、茫然自失させることよりも、
自らの利益や名声や、満足のために
誰もが暴力の加害者になっている。

写真の存在価値とはなんだろう。

そんなものは無いほうがよかったのではないか。

記憶を補完すると先に書いたが、
実際には、写真が存在しなかった時の方がよりイメージは鮮明だったし、
記憶も確かだった。
いや、より適切には、記憶は豊かだった。

写真というものがあるが故に、わたしたちの記憶は曖昧になり、
自分たちの行動にも曖昧になり、
果ては、自分たちの犯した罪も、定かではなくなり、
いつしか消えていく。


考察は続く


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Commented at 2018-09-08 16:02 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by cocomerita at 2018-09-10 23:59
Ciao shmuratさん
こんにちわ

イタリアでは 宝の持ち腐れを例える時に 歯のない奴へのパン と言う言い方をします。
写真も映像も人間が自分の感じたものをなんとか形にしたい という事
文学であれば それは文字になりますが、そう言う欲求の表れであると思っています。
私は写真が好きですが、壮大な自然の前、美しく咲く花やそこを飛び回る虫たちに出会うたびに
その美しさをなんとか形にして 大事にとっておきたいと思う反面
そんなものは切り取って形に出来るわけがないと心から思います

それでも写真や映像 もしくは文学の意味は、その切り取られた一部が形になって見たり読んだり出来る そしてそれを共有できる。
と言う点で、大きいと思っています

しかしながら
これだけ曖昧でアバウトになってしまい、繊細な感性をも失った人々がその切り取られなかったその後ろにある背景を感じ取ることができるのだろうか?
もしくは その切り取られた一部からだけでも何かを感じ、読みとることができるのだろうか?
と考えた時 悲観的に為らざるを得ない自分を見出します。
あれだけ福島の映像を見せられても、そのすぐあとには煌々と電気を無駄遣いする日常に戻る人々
ああ、亀がかわいそうと言ったその舌の根も乾かないうちに 海に平気でプラスチックゴミを捨てる人々
彼らがその「見たもの」から何かを感じ それを彼らの内に共鳴させたとは思えないのです

見るに耐えない行動や
読むに耐えない文章は 私はデジタルカメラだったり、スマホのおぞましい悪影響であると思っています
現像代が高かった時代は 一回のシャッターに 素人はより心を込めたでしょうし、その一枚はもっと重みを持っていたと思うのです

つまり、芸術もまた 歯のない人間にパンを与えるような、そんなことになり始めてはいないかと思うのです
所詮味わえない
なぜなら 歯がなくても 口の中で柔らかくして それを大事にじっくり味わおうとするその気持ちや忍耐さえも、人は失っているかのように、
見えるからです。
Commented by cocomerita at 2018-09-11 00:00
続き

私は、もう何年も前から 旅行で写真を撮らなくなりました
それは、shumuratさんもおっしゃっているように、写真に撮ってしまうと、この瞬間、この風景を記憶に留めようとする意識が薄れるからですが
でも現実を公に伝えるという意味 とりわけジャーナリズムにおいては写真や動画は 必要であるとは思います
まだパンを食べる歯のある人が辛うじて生き残っていますから。

ところで
9/23に松本に行きます
小出先生の講演会に行くのですが、
その日はshmuratさんは、拠点にいらっしゃいますか?
その後小出先生にお目にかかるので、終わるのが何時になるか わからないのですが、、
Commented by shmurat at 2018-09-12 18:09
> 甕 裕子さん
甕さん、ありがとうございます。
宜しくお願いします。
Commented by shmurat at 2018-09-12 18:12
> cocomeritaさん
こんにちは。
いつも、ありがとうございます。
23日ですが、おります。小出先生の講演があるのですね。そちらも気になりますが、ちょうど店でイベントをやっているので、私は店にいないといけません。
19時までいるかどうか、という感じですが、もし間に合いそうでしたら是非いらしてください。
Commented by cocomerita at 2018-09-14 07:06
Ciao shmurat さん
了解です。
そちらでもイベントをやっていらっしゃるのですね。
参加できずに残念です。
by shmurat | 2018-08-25 08:40 | ジャーナリズム考察 | Comments(6)