揺るぎない抵抗の声を上げ続け、継いでいく

水俣に根付いて、病に冒された人たちに寄り添い、静かに、詩的に、物語を紡ぎ続けた作家、石牟礼道子さんが亡くなった。

彼女については、各メディアも伝え、またこれからもさまざまな論考が出てくるだろうから、私が語ることなどなにもない。

とはいえ、ごく短く 思うことを綴っておきたい。

彼女は、偶然水俣病の患者と体面したことが契機となり、現地を訪れ、患者たちや家族たちに寄り添い、また水俣の風土をしずかに見つめながら、その地に溶け込みながら、詩的な美しい情景描写、読む者の肌に纏わり付くような水俣の空気や漂う匂い、どうしようもない人々の苦悩、それはまさに「塗炭の苦しみ」であり、救いようがない絶望でもある。
 メディアの報道では、どこかよそよそしく、他人事としか思えないような水俣の現実を、彼女は静謐な眼差しの中にも行き場のない怒りや悲しみをにじみ出るような文章で書き綴った。
 また、彼女は水俣病に関することで注目を浴びてきたが、水俣に象徴されるような、自然や環境の破壊、私たちを生かさせてくれている大いなる自然を敬うことをせず、自分たちが何によって生きていられるのかを忘却し、傍若無人に振る舞う現代の人間の姿を憂い、そのことに対する警笛をやはり静かに綴り、それは流れる水のように美しく、いや美しすぎるがゆえに、その本意を読み取れない人たちも多かったのだろう。彼女を絶賛し、彼女の書に感銘を受けているはずの私たちが、一方では便利さを安易に追求する暮らしに安寧を見いだし、何の疑問をも抱いていないことからもわかるだろう。
 水俣は、人柱だったと彼女は言う。そして、それは文字通りの真実だったと思うし、その後の新潟、四日市などへと続き、またこの列島も自然を完膚なきほどに破壊し続ける狂気の開発は、石牟礼さんの声を無視することを決めたかのように、今も続いている。あれほどの大きな被害を出し、それがもたらす健康被害はこれからさらに拡がることが懸念されているにもかかわらず、放射線の汚染地への住民帰還を推進し、全国の原発を再稼働していこうとするこの国、電力会社、経済界、そしてそれに大きく意を唱えない国民たち。

このような国に、どんな未来があるのだろう。
現在の日本は、二年後のオリンピックに浮かれ、巷には相変わらずさまざまな電化製品、過剰供給の自動車、相も変わらず林立し続ける巨大建造物、リニア新幹線にいたってはもはやなにをか言わんやである。

私たちは、静かに終末へのレールに乗って、それはブレーキのない列車に乗り、坂道を下り続けているかのごとくであろう。

世の中には、大言壮語の声が満ち、それは鼓膜を破らんばかりである。それらは、耳に聞こえがいいが、空虚である。
にもかかわらず、多くの人々はまるで洗脳され、操られるロボットかのごとくに、盲目的に誤った方向へと突き進んでいる。しかし、静かに耳を澄ましてみよう。
石牟礼さんはじめ、さまざまな人たちの押し殺されて小さいけれど、揺るぎない声が、この世界のシステムの異常さに、それがもたらすさまざまな弊害に対して揺るぎない抵抗を続ける声が確かに聞こえている。
少しでも多くの人たちが、その声を聞き取り、掬い上げ、自らの声としていくよう願う。

それは、いつか必ずや大きなうねりとなり、この社会を動かしているシステムを変え、人間が再び分を弁えて、全く別の発想を具現し、生きていくことの始まりとなることだろう。

石牟礼道子さんの本「苦海浄土」、読んだことのない人は、ぜひ読んで欲しい。今を生きる人間にとって、必読の書である。

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Commented by cocomerita at 2018-02-28 17:10
Ciao shmuratさん
こんにちわ
私は この国に なんの希望も持てなくなっています
私にとっては、なんでこんな事に気付かないのか? なんでこんな事が平気でできるのか?
と不思議 不思議だらけなことばかり、普通の精神持っていたら 見てられないよ、と思う事が 毎日次々 人々のすぐ横で行われ、 人々は素知らぬ顔で傍観さえせず自分のただ行く先のみ空洞のような目で見つめる。変だよ、ダメだよ と 感じ憤る私は常に 極めて少数派であり、むしろ私の方が 彼らにすると きっと「変わってる人」になるのでしょう

私がどう思われるかは全く問題はないけれど、
同じ日本で、この狭い日本で職を失い、故郷を失い、避難先で目立たないように暮らしている人たちが、たくさんいると言うのに、
そして政府は 公然と嘘をつき、彼らの郷愁を煽り、汚染された町、村へと、同じ国民 (つまり 健康と最低限の暮らしを享受する権利を有する、知らんぷりしてるみんなと同じように) の背中を押していると言うのに、 そんな事は気にもかけず、まさに気にもかけず、
冬季オリンピックで大騒ぎ、ただのメダル獲得選手を国中挙げてちやほやし
ここにも近代日本の悪癖 強いもの勝ち、勝ち組 負け組の悪しき思想が我が物顔
東京オリンピックにワクワクして、都内の様々な場所で 箱モノがらみの賄賂が絡んだ自然の破壊、樹木の伐採が どんどん行われている事にさえ、無関心。
全ての生き物は 五感プラス第六勘で生きていると思っている私には、この無関心 不感症 感情 および共感の欠如は 何か生き物ではない、おどろおどろした変なもの としか映らず、この国に救いはあるのかと考えます
多分 ないです
少なくとも 東京は 東京オリンピックのために完全に破壊されると思います
が、その破壊にさえ気づかないでしょうね
自分の家がきれいで明るくて。冬は不自然なほどに暖かく、夏は不自然なほどに涼しく、窓を開ける事など希でしかない東京の人には、。
木陰などなくてもクーラーがあれば良いと言う感性は 異常です
次回の帰国で 「 苦海浄土」必ず読みます
Commented by shmurat at 2018-03-04 08:10
こんにちは。
コメント、ありがとうございます。
書かれていること、同感です。日本に暮らしていると、日々息が詰まる思いがしますが、その中で少しでも自分がやるべきことをやろうと、人々に話す機会をつくりはじめています。今は、世界的に大きなうねりが来ている時ですね。米国はもとより、私が自分の人生の大半で関わってきた中東アラブ世界の混乱には、今でも思考がまとまらず、どうしていいのかわからない状態です。
 いずれにしましても、こんな時だからこそ、私はむしろ前向きに生きられる、新しい地平が拡がっていると考えています。
 今のシステムには救いはないので、各人が覚醒して、新たな思考を具現化する、少なくともまずは気付くことが大事ですね。そのための一助になればと思い、日々考え動いています。
by shmurat | 2018-02-14 19:30 | 今の世界を考える | Comments(2)