戦士たちの記憶 栄光への旅立ち

 パレスチナの戦士たちの記憶

ジュネが「恋する虜」などで度々触れている、パレスチナコマンドたちの姿。その生き様。あらゆる柵を突き破っていくその生の迸り。
かつて、レバノンでの彼らの栄光ある勇姿に私が惹かれ、たちまち陥ってしまったのは、まさに彼らに対する羨望や尊敬だったのかもしれないが、それ以上にそれはまさに「恋」に落ちた感覚だったのだろう。30年以上の歳月を経て、それを強く感じる。
  
 私が戦場へと行くようになったのも、戦争を伝えたいとか、悲惨な実態を伝えて云々とか、そういうことではないなにかもっと別のことを伝えたかったから、いや、伝えたいという以上に、自分が体感したいという思いが強かった。
 そして、戦場へと行かなくなったことには、さまざまな縛りが強くなり、柵に縛られずに、栄光のために、生のために、戦っている人たちが少なくなった。そういう戦いが困難になってきたということもある。
 また、メディアを通して伝えることの不毛。何も知らないメディアの人間たちが、現地の熱気を帯びて、また現地でのさまざまなことに魅せられて帰ってくる私のメッセージを理解できず、またそれをそのまま世に出すことに同意せず、欧米的価値観を帯びたステレオタイプしか求めていなかったということもある。
 日本の編集室や研究室でぬくぬくと文献にあたり、世界のメディアのレポートを読みあさり、まるで現地のことがわかったかのごとく装う偽善者たちの論説に支配され、惑わされる。それら偽善者たちの肩書きや話術に欺かれるメディア関係者たち、そしてそれらを見て、読んで、それを真に受ける視聴者や読者たち。
 そこには、私が身を挺して真実を知って欲しいという思いが介入する余地はなかった。
それが可能だと信じて生きてきた私の時間は、大いなる浪費に費やされたともいえる。
しかし、生きている間に、そのことに気がつくことが出来た私は、幸せだったともいえる。なににも気がつかずに、漫然と生きて死んでいく多くの人間たちに比べれば。
 
 パレスチナで、また一人の若者が殺された。
占領地という、占領者たちのあらゆる暴虐が許され、被占領者たるパレスチナの人々には、人間の尊厳さえも存在しない地域で、消え入りそうな人間の良心、正義、神の光を信じて生きていた一人の若者が、占領者の凶弾に倒れた。
 彼の死はしかし、多くの若者たちや、占領下で一筋の光を見続け、今でもそれを見失っていない者たちへの恩寵となるだろう。
彼の死に対しては、世界の意識ある人々から、弔辞が寄せられ、またその栄光への賛辞が寄せられている。
 栄光への光は決して消えることはない。いや、むしろそれは強まりつつある。だからこそ、占領者たちは、気が気ではないのだ。自分たちの世俗的な欲求を満たすため、維持し続けるために、真の光を帯びた人間たちを、殺し続ける他仕方がないのだろう。

 パレスチナの一例を、ここに短く挙げたが、このような栄光に包まれた戦士たちは、世界のいたるところに、まだ存在する。そして、彼らは増え続けている。
 パレスチナの事でいえば、それに関するさまざまな講演や集会、勉強会などが催されているが、それらは大切なことを忘れた、ある種無意味なイベントに成り下がっている。
それらの多くは、パレスチナの人たちを、かわいそうな被害者として扱い、人々の同情を集めることに奔走しているだけだ。そして、それらはパレスチナの人たちの尊厳を奪い続けている。
 私は、この人たちの栄光を知って欲しい。そして、私たちはそのことを知り、寄り添うこと。それしか出来ない。それが出来ることを感謝して、彼らの光の迸りを傍らに感じながら生きていこう。
 そこから、本当の未来が垣間見える。
そこからが、真の意味での解放、栄光への道が続いている。

そんなことを理解する人が、少しでも増えたら、そのためのきっかけを少しでも作れたら。
それが、私がやるべきことのささやかなことかもしれない。





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by shmurat | 2018-02-08 10:54 | エッセイ 記憶を巡る旅 | Comments(0)