貧困という幻想 映画「ポバティー・インク」を観て

世界には、いまでも多くの紛争があり、自然の力に圧倒される私たちの暮らしがあり、困難な状況で生きている人々がいる。いや、むしろそういった人たちは増えているだろう。そして、そういう状況があると、決まって緊急支援、国際支援、人道支援などという言葉が聞かれ、困難にある人々を助けようという主旨で、世界中からたくさんの援助が集まる。エンドレスの援助が。

 私は20年以上の間、多くの紛争地を歩いてきた。紛争当事者たちのさまざまな問題は極めて深刻であり、それを体感し、伝えることが仕事でもあったのだが、その場でいつもある種の違和感をもって見ていたことのひとつが、世界中から集まる援助団体の活動であり、破壊された町に溢れかえる援助物資の山だった。このことに纏わる幾多の問題については、なんとか論争の機会をつくったり、あるいはネガティブな面での報道も含めて考えたが、なかなかそれを実現することは難しかった。問題の根が深すぎる上に、国際支援には多くの国や企業、著名人らが関わっていることもあり、メディアに負の側面を載せることは、それほど簡単ではなかったのだ。

 一昨年になるが、「ポバティー・インク」という映画の存在を知り、非常に興味を持った。しばらくして、映画を観る機会があったのだが、見終わった後の高ぶる気持ちを今でも覚えている。
 映画の内容としては、もっと取材するべきな国や紛争、もっと取りあげるべき実態があったと思うが、それでも国際支援の実態をかなり赤裸々に暴露し、当事者たちや現地の支援や復興に関わるさまざまな人たちへのインタビューも含み、極めて意味のある映画となっている。映画というよりも、真実を追究したドキュメンタリーといった方がいいだろうか。

 映画の中でも言われているが、紛争や自然災害が起きた時、緊急支援が大切であることは間違いないと思う。それにより、突然生死を彷徨ったり、生活を破壊されたりした人たちを緊急的に救うことができる可能性が高まる。しかしそれは、あくまで緊急的なことであり、その支援が1年後、5年後、あるいは数十年も続くとしたら、それはもはや緊急支援とはいえない。はっきりいえば、様々な要因によって貧困状態に陥った人々を食い物にし、彼らの生活向上を阻害し、それによって援助に携わる人間たちが、いつまでも食べていけるという貧困産業であろう。
 残念ながら、いまや多くの国際機関や巨大企業、NGO、少なからずの個人たちが、この貧困を食い物にする産業に手を染めている。知ってか知らずかは別にしても、そういうことで財をなしたり、社会的地位を上ったり、あるいは地位を利用したり、そういった例がどれだけあるだろうか。数え上げることも困難なほど多い。
 
 この映画は、ほんとうに正視に耐えないような、極めて劣悪な状況を映し出していない(取材することが困難だったなど、さまざまな理由があるだろう)。主にハイチの事例が取りあげられているのは、ハイチが取材しやすく、また支援に対する典型的な例を、そこに見いだすことが出来たからだろう。

とはいえ、とくに日本人には絶対に観て欲しい映画だ。欧米人以上に、多くの日本人は、この映画で取りあげられているような状況に疎い。しかし、自分が払ったお金が、困っている人たちを救わず、そのお金で現地の状況の好転も起きず、ましてやそのお金で肥え太っているのが、支援団体や企業やセレブたちだとしたらどうだろうか。それでも興味がないのだろうか。
 もし関心がないのだとしたら、そういうこと自体が罪である、という認識を持って欲しい。そして、盲目的に国連機関やNGO、企業の活動を美化しているのだとしたら、やはりこういった映画を観て、実情を知り、自分たちの考え方を変えたり、行動を変えていく必要があるのではないか。

私は、この映画をもっと広めたいという思いで、先に上映会を開いた。11月にまた上映会を開く。これは絶対に観なければならない映画だからだ。知らなければならない現実があるからだ。
 こういう映画は、ロードショー公開されることはない。しかし、意識のある人たちが、各地で上映会をやっているので、情報をチェックし、自分が行きやすいところでの上映があれば、ぜひ足を伸ばして欲しいし、自ら上映会を開くことも検討してもらいたいと思う。
 現在の世界の状況を見るにつけ、本質的には、今の世界のシステムに問題があるということを認識せざるを得ない。この世界のシステムは根本から変わらなければいけないのだ。
多くの人たちは、この映画を観ると突然視界が開けるほどの驚きを味わうかもしれない。私は、一人でも多くの人たちがそうなることを期待している。そして、私自身もそんな意識を持ち続け、行動し続けたいと思う。


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by shmurat | 2017-10-31 12:48 | 映画 | Comments(0)