春にして君を離れ BOOK REVIEW 001

本を読むことは日常的な習慣でもある。多少の波があるとはいえ、この習慣は40年以上にわたって染みついてきたものであり、またそれによって数多くの有益な情報を得たり、生きるために教訓となることや、哲学的なこと、命の根源のこと、さまざまなことに思いを巡らせてきた。そして、そこにはさまざまな発見や驚き、悲しみなどもあった。
 今更ではあるが、このブログでも、読書の感想など書いてみようと思い立った。第一回は、推理作家として名高いアガサ・クリスティーが、別名で書いた文学作品について書いてみよう。

 イギリス人の女性が主人公。満ち足りた幸福な人生を送ってきた(と、彼女は信じている)女性が、バグダードに暮らす娘夫婦を訪ね、その帰りにトルコ国境近くの砂漠地帯で数日足止めを食らい、その間に自分の人生、夫のこと、結婚以来のさまざまなこと、娘や息子たちのこと、女学校時代のこと(バグダードからの帰り、少しかつての女学校時代のクラスメートに会ったこともあり)などを思い出し、さまざまなことを考える。その中で、いろいろな疑念が湧いたり、諸々のネガティブな思考が生まれ、気が気ではない状態に陥る。また、過去の些細な事柄から、あれは自分が悪かったのかとか思い巡らし、自分の非に思い当たることも少なからずあったであろうことに、思い至る。
 帰りの列車の中では、貴族の女性と同室になり、またそこでの会話からもさまざまな示唆を受け取る。
帰ってからの、娘や夫との会話もまた読ませる部分だ。

詳細は、とにかく読んで欲しいと思うが、ネットには多くの読んだ人たちの感想が書き込まれている。やはり、アガサ・クリスティーという有名な作家の作品ということもあるし、なによりその内容が、誰もが少なからず経験のある日常に潜むさまざまな疑念や葛藤についての深い考察になっていることもあり、良くも悪くも万人受けのする内容ということもあるだろう。
 多くの人たちの感想は、主人公の暮らしや想念を、自分のそれと照らし合わせ、重ねての思いを綴っている。それはまさに正しい読み方であり、私もそれをまさになぞって読み、読んでいるうちに、主人公に対する非難めいた思い以上に、自分の過去や現在の言動や行動に思い当たるフシがあったりして、結構どきどきしながら読んでいた部分もある。また、私が男だからかもしれないが、主人公ジョーンの夫、ロドニーの思いと自分の思いが重なる部分は非常に多く、彼の思いが手に取るようにわかったり、またそれに対するジョーンの言動や行動に、呆れてしまったり、ときには憐れみさえ感じていた。

私が、他の人たちとは違う思いで読んでいた部分は、物語の舞台となっている場所のせいでもある。まだ先の大戦が起こる少し前の世界。そして、植民地時代のイラク、中東なのだ。バグダードやモスル、アレッポなどという地名に、当時は堂だったのだろうなどと想像し、重ねて現状を思うときに、70年ほど前ののどかな世界を、懐かしく(まるで自分がそのころ生きていたかのように)思い出し、現代の自身が見てきた情景や肌感覚で残っている暑さや匂い、人々の声やさまざまな光景が、次々と蘇ってきた。
 また、これは小説の中のジョーンと家族や友人たちとの間にあるさまざまな行き違いや、それは人間関係のなかでいつでも、どこでも起きている類いの小さな(そして永遠の)諍いや不和、些細な過ちなどであるのだが、それらと、今イラクやシリアなどで起きていることの根源にあることとは、本来は同じような事であろうと思い、それがなぜこれほどの殺戮や憎しみ、絶望的な悲しみにまで至ってしまったのかと思うとき、アガサ・クリスティーは、直接には想像出来ていなかったかもしれないが、彼女は知らずのうちに、現在の状況にも通ずる普遍性をもって、この小説を書いていたのかなあと思えたりもした。
 いずれにしても、人間には寛容で、人のことを自分のように感じて、そのように接する優しさがあって然るべきなのだろう。あらゆる不寛容、価値観の押しつけ、否定、それらが行き着くところが、現在世界で起きているさまざまな紛争や殺戮の根源にはあるのだろうと思うとき、この小説はそんな人間の内実が、じつに明瞭に描かれていると感じる。
人間は、どれほど変わった、わかったと思っても、元の環境に戻れば、たちまち以前の自分に戻ってしまう。これは、私自身にも当てはまり、人間のどうしようもない性なのかなと思う。
自身の言動や行動に気をつけようと何度も思いながら、また家族との関係についても、数え切れないほどの反省や悔恨を感じながら読んでいたが、それでも次の瞬間には、またいつもの自分に戻りかねない自分を発見し、また自己嫌悪に陥ってしまう。
 誰にとっても、読む価値のある本であり、読んだ方が良い本であると思う。そして、今からでも遅くはない(かどうかはわからないが、そう信じたい)から、自分のことを見直し、全ては無理でも、少しは変えていこうと思い行動していくことが肝要ではないか。心からそう思わされた本だ。


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by shmurat | 2017-10-20 19:13 | Book review | Comments(0)