リスクをどう考え、行動するか

 現在の日本は、真の末期症状にあるといって過言ではないかもしれない。
国というものが、そのシステムが腐食しつつあるということはもちろんあるが、そういうことよりさらに深刻なのは、人間としての感覚が悲劇的に愚鈍化してきており、さらにそれに気がつくことがない人も多い。さらにより深刻なのは、そういったことに薄々感づきながらも、まだ大丈夫だろうと高をくくったり、とりあえず目先の利益を優先させ、仮に何かあっても、自分は生き延びると思っているらしいことだ。

 話題には事欠かないが、たとえば東京オリンピックの問題。
2011年に、私たちは大きな地震、巨大津波、そして原子力発電所の大規模な事故に直面した。
通常これだけのことを経験すると、各人の心の中でおおきな変動が起きることはもちろんのこと、国や自治体の指導者たち、あるいは政治家や経済を動かしている大きな企業などは、真剣に自分たちのやってきたこと、過去の行いを再考し、さまざまな計画を改めて考え直し、そしてこれからの未来へと思考を照射し、リスクを第一に考えて新しい国を社会を作っていく、という方向へシフトすることが正しいことのはずだ。
 しかし残念ながら、この国はそういう指導者たちに恵まれなかった。また、そうではない指導者たちを漫然と容認するような国民が多かったということもあるのだろうが、いずれにしても目の前で起きた自然の大いなる力、あるいはそれに起因する原発の大事故などを目の前にしても、そこからほとんど教訓を得ることもなかった。
 だからこそ、東京でオリンピックをやろうという考えが出てくるのだし、その権利を勝ち取るために、原発事故のことを過小に評価し、世界を安心させるという詐欺行為まで働いた。実際には、原発事故は終息していないどころか、終息させられないし、より大規模な事故へと繋がる恐れは今でもあるのに、原発から200キロあまりしか離れていない場所でオリンピックを開催しようとは、なんとも神をも恐れぬ行為ではないか。
 技術と金の力で、なんでも可能だと思っているのだろう。戦後から、20世紀末にかけて、そういうポリシーで国作りをしてきて、概ねうまく行ったことがまた、思考停止に陥らせているのかもしれない。しかし、もうそういう時ではないし、頭の切り替えとともに、あらゆる政策を見直し、国を存亡の危機から救い、国民を生存させ、世界と共存共栄していく道を探るべきであろう。
 残念ながら、そういう方向へと軌道修正する見込みはほぼない。だからこそ、ほんとうに私たちは危機的な状況で生きながらえているといえるのだ。

 豊洲市場の問題も、オリンピックの問題と同じ思考や政策が生み出した問題だろう。そして、市場を築地から豊洲へ移転するという考えのそこには、オリンピックの問題も絡んでいるし、なによりも利権の問題が大きい。オリンピックも豊洲市場も、なんとしても強行したい連中の頭にあるのは、金の問題だけだろう。復興が云々、アスリートが云々、言っているが、それは方便であり、真実は金が儲かって笑いが止まりません、というところなのだ。

 また、リニア新幹線の問題もある。原発の再稼働問題もある。度重なる乱開発、全国で連綿と続くゼネコン絡みの巨大開発。何のためなのか。暮らしが良くなる? それは幻影だろう。騙されてはいけない。私たちは、かつてより質の高い平穏で優しい時を生きていた。欧米とは異質の、高質な文化を生きていたのだ。それが、わずか150年ほどで、世界を覆うキリスト教文明、産業革命以降の大いなる収奪、自然の大規模な破壊、そしてアフリカや中東、アジアなどでの民俗虐殺や文化や歴史の破壊。そういったものを直視せず、騙され続け、いまでは私たちがそういった破壊行為に便乗してしまっている。
 なんとも愚かなことではないか。

 はっきりと言うが、東京でのオリンピックは出来ないだろう。
原発事故や放射能汚染だけではない。首都直下地震や富士山などの火山爆発の危険もある。それらが起きることは、現実として起こりうるのだし、リスクはかなり高いのだ。
 リスクを直視し、それと向き合うこと。リスクを避けるためにどうすればいいかと考え、現実の政策や生き方に反映していくこと。それが、私たちが生き抜いていく上では、もっとも大事なことではないのか。
 生き抜いていくためには、五感を研ぎ澄まさねばならない。かつての人間たちは、生存に対する感覚が極めて優れていたのだ。そして今を生きる私たちは、汚染された大地で、明日にも大地震が来るやもしれぬ大地で、なんの危機感も持たずに生き、5年先のことを規定事実として語ってしまう間抜けさである。
 国が全体として破滅への道を進んでいるのは、もはや救いようがないが、個人として危険を感じている人たちは、どこへ行けばよりリスクが少ないのかをリサーチして、行動を起こして欲しい。
 そうやって、生き抜くことも、個人の資質であり、早く行動した人たちが、生き残る可能性が高いといえるだろう。
 
何よりも私が言いたいこと。
 自分で考えろ、自分の感覚を信じなさい。そして行動しなさい。

それだけだ。

 ちなみに、私はもちろん動き始めている。そして来たるべき大いなる事態に備えている。
私は、それが起きた後の世界を見たいと思っているから。


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by shmurat | 2016-10-15 18:36 | 今の世界を考える | Comments(0)