逝きし時の残り香

 1990年から5年ほど前までは、海外に取材に行って撮影し、また海外でのことに目を向けて、そういうことを書いたりすることが多かった。はっきりと書くが、日本のことにはほとんど関心がなかったといえる。時折旅、ツーリングで訪れるこの国の地方の町や村、自然を美しいと思いはしたが、そこまでで思考は止まり、それ以上深化することはなかった。
 しかし今、私は日本の古くからの文化や伝統というものに、強く惹かれている。のみならず、それらを少しでも残す、あるいは再興する、次の世代に繋げる。そういったことを出来ないかと考えて、また実際に動き始めている。
 2011年の震災以来、東北はもとより、九州や中国地方、甲信越、北海道の一部、関西の一部などへ足を伸ばしてきた。日本は面白く興味深い地で、山を一つ越えれば、違う文化があるというくらいに、多様な暮らしがある。明治時代ころまでは、よりそういった差異が際立っていたのかもしれないが、今では表向きは同じような町並みがあり、人々も(方言などはあるが)概ね同じ言葉を話し、慣習も取り立てた違いは目立たず、一見何の違いもないように感じるが、少し田舎に足を伸ばせば、それぞれの地に独特の祭があったり、家並みが微妙に違ったり、小さなことだけれど、全く同じということはない。
 それでも、これは凄いな、とか、これはどうしても撮りたい、とか、なかなかそういった感情を抱くまでにはいたらないものだ。やはりこの国には、写真家や文章を書く人も多く、けっこうな数の地域の祭や独特の文化などが知られているし、またそれらを撮り続けている写真家も少なくない。そういうこともあり、実際に見ることが初めてであっても、どこかで見たなあという既視感を抱いてしまう文化や伝統芸能も多々ある。また、そういうこととは関係なく、自分の腹の底から鳥肌の立つような感覚が沸き起こるようなものがあれば、たとえそれが知られたモノであっても、撮ってみようかなと思えたりもするのだと思うが、なかなかそういったものにも巡り会っていなかった。
 昨年、偶然の縁があり、導かれるように広島県の一地方都市へ行った。その中の小さな町が目的地だったが、江戸時代までは大いに栄え、住民たちは金持ちばかりだったという話を聞くほどの町だ。しかし今では寂れ果て、古い白壁の町並みには、ほとんど通る人もいない。行政や地域のNPOも頑張っているのだが、それがどれだけ効果的なのかどうかは、私が意見を言う立場でもないと思う。もちろん、少なからずの人たちとも話しているので、そういう場では彼らの話を聞いた上で、自分の意見も言わせて貰っている。
 その地に何日かいたのだが、古い町でもあり、古くからの遺産もそれなりに残っているところでもあり、何か伝統文化で見るべきモノがあるのではと思って聞いてみた。そこで出てきたものを今私は撮り続けている。
 日本全国の多くの地方に、神楽や狂言、能などがあり、それぞれ違うとはいえ、概ね同じような基本があり、誰が見てもある意味わかりやすいともいえるのだが、この地に存在し、私が見た瞬間にこれだ、と思えたモノは、神楽と呼ばれてはいるが、それは一般的な神楽とは似ても似つかないものだったのだ。
 偶然に、年に数回しかない神社での奉納の場に立ち会うことが出来、それを見終わったときには、「これは凄いな」と心底思ってしまった。そして、以来私はその町へと通い続けているのだ。
 今ではここにしかない、そしてもはや後継者もいない、そして何よりも、日本最古の面影を留めている神楽ということで、その希少性、貴重さ、は類がないものでもあると思う。
 
 この神楽については、また追って書いていこうと思う。
今も広島には通い続けて、この神楽とその地域を撮り続けているのだが、撮影しているだけでは神楽を知って貰い、残し伝えることに何の力にもならないと思う。そこで、いろいろなアクションを、現在考えているところだ。
その辺もまた、この場を借りて明らかにしていきたいと考えている。

 そしてもうひとつ、長い間海外の戦争の地を主なフィールドとしてきた私が、何故今日本の文化や伝統に目を向けているのか。まったく違うものというとらえ方をする人もいる。実際、私はもはや別の世界へ行ってしまったと思われている節もあるが、実はそんなことはない。海外の戦場や紛争地での見聞が、実は今やっていること、今の意識と繋がっていることに、あるとき気がついたのだ。その辺のことも、また書く、あるいは語る機会があればと思っている。


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by shmurat | 2016-09-19 21:39 | 写真日記 | Comments(0)