古を巡る旅から由ない日々へ

 この一週間ほどは、広島県の某所で古を感じ、そこに残る文化や淡々と続いている人々の暮らし、緩やかな自然の流れと共にあるそれらに身をゆだね、静かに過ごしていた。
 ある伝統文化、伝統芸能の撮影を続けているのだが、今回はそれに関連する地域に古くから伝わる祭の撮影が主な目的だった。
 記録は残っていないけれど、おそらく1000年以上前から残る文化、記録が残る400〜500年前からのことは、いろいろと細かいことも伝わっている。
 日本の地方に来ると、多くの地域で過疎が進み、町や村の賑わいが失われ、寂れていく傾向にあるといわれるが、とはいえ伝統がしっかりと息づいているところも少なからずあり、これからも地域が繋がっていくかどうかは、そういった伝統文化をしっかりと保持し、さらに後継者を生み出し、未来へと伝えていくこと。そういうことが、地域を改めて活性化させ、また各地から人々が集まり賑わいを取り戻していく。そういうことは、自明の理であり、そういったことが地域を持続させていくためにもっとも大切なことでもある。
 政府が主導となり、地域振興、地域活性ということがさかんに言われるようになった。しかし、多くは起業するとか、ITを活用して云々ということが大きく取り上げられ、ビジネスの側面が大きい。そういうことで、一時的には地域が活性化することもあるのかもしれないが、長い目で見てそういうことが地域のために有益になることは、少ないのではないかと思う。
 私が通い続けている地域でも、その県でも、さまざまな取り組みが続いている。コンサルが入ったり、著名人を利用したり、さまざまな取り組みが行われている。そういうことを横目で見ながら、なにか違和感を感じ続けている。長い時の流れの中では、ある地域が活性化したり、さまざまな条件のなかで地域が衰退していったり、ということはたくさん起きてきたのだろうし、これからも起き続けるのだろう。
 なにも文化や伝統がないような地域というのは、普通はないとは思うが、そういうことが途切れてしまった地域というのはいくつもある。そして、一度途切れてしまったことを再度復活させることは、非常に難しいことだろう。
 そういうことが残っているこの地域、とくにここにしかない伝統文化があるということでは、この地域には、私は大きな可能性があると思う。
厳かな雰囲気、優しい自然や地域の人たちの真剣な面持ちに包まれて、静かに撮影していく。
素晴らしい時間を過ごし、意識が覚醒していくのを感じる。

10数時間のドライブの末に関東に戻る。
 林立するビル、墓標のようなその都市の中に吸い込まれ、すぐにその異様な雰囲気に慣れてしまう。それどころか、安心感を覚えてしまっている自分がいることに、いつも驚く。
 そして、一気に流れ込んでくる馬鹿げたニュースの雨。あまりにもくだらないことの数々。
そういうことから、出来るだけ自分を隔離したい。
 今起きているさまざまな唾棄すべき出来事に対して、大手メディアも情報を垂れ流す。人々から思考力が欠如していく。そして、起きていることのおかしさに気がつかなくなっていく。
 私の知人や友人のなかでも、そういったことに気がついていない人が少なからずいることに、私はある種の幻滅を味わい、ある種の諦めをも感じている。
 システムに抵抗していく、自然ではないことに対して抗っていく。なのに、そのためにシステムに飲み込まれてしまっていることのおかしさに気がつかない人が多すぎる。
 
 そういうことに、私は抗してきたし、これからはより厳密に抵抗していきたい。
社会や自然で起きていることに対して意識が強いと信じている人が、じつは何もわかっていないということは、多々あることでもある。
 何度もかくが、感覚を研ぎ澄まさなければならないのだ。そうすれば、自ずから見えてくることがある。

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by shmurat | 2016-07-25 22:28 | 日々徒然の記 | Comments(0)