これからの生

 この数ヶ月は、東京と地方を行き交う生活が続いている。

自分の場をもって、好きなものを置いたり、自分の写真を展示したり、自らが厳選した映画を上映し、その内容に基づいてディスカッションしていく、伝えていく、理解を深めてもらう云々。
そういう場を持とうと動いてきて、少しずつではあるが、形にはなりつつあると思う。

ただ、懸念はいくつかあり、そのうちのひとつは自らの性格に起因するであろういくつかの些細な事柄たちであり、これはまあ仕方がない。
もうこの20年以上の間、大きくはないがトラブルなどはいくつもあった。
そして、それらは現在でも潜在的には問題であり、それは私が生きているうちは問題でありつづけるのだろう。
しかし、それさえも、実はどうでもいいことでもある。

また、同じような問題に起因するのかもしれないが、
私は場を持つにあたって、知人、友人たちに知って貰い、少しでも関わって貰おう、利用して貰おうと思っていた。
そして、そのことを何人かの人たちには伝えた。 つもりだ。
しかし、数ヶ月が過ぎた今、誰一人からも反応はない。
幾分かは、寂しさを感じるが、これさえも、自分の性質から来るものなのだろう。
自らの在りようが、他の人たちにあまり関わらせない方向へと向かわせるのか。
関わりたくないと思うのか。
まあ、そんなこともあるだろう。
じつは、このことさえも、それほどたいしたことではない。

じつは、新しい場を持つことにより、ネガティブなことはそれほどは懸念ではなく、それは遅かれ早かれ霧散していくだろう。
そこから拡がっていくこれからのことに、実は光が照射されていく気配がある。
そして、これこそが大切なことなのだ。

人は誤解を恐れる。
 あるいは、誤解を誤る。
 そして、さらに誤解が生まれ、拡がっていく。

私に関しても、どれほどの人たちが誤解しているだろうか。
そんなことは、今ではまったく気にはしていない。
むしろ、より誤解させる方向へ、誤解してもらう彼方へと進んでいこうと思う。
理解出来る人はいる。
理解しようとしてくれる人もいる。
しかし、多くの人には理解出来ず、その気もなく、そして忘れられていく。
それでいい。

数日前から、風邪気味なのだ。
はやく治癒し、やるべきことをやらねば。



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by shmurat | 2017-09-24 10:56 | Comments(0)