個人が意識を持って生きていく時

政治の劣化が唱えられて久しいが、現在の日本の状況は戦後でも例がないほどの酷いものであるといって過言ではないかもしれない。
昨今メディアを賑わせている、籠池問題、加計問題、自衛隊PKOの南スーダンでの日報問題などもあるが、それらはあくまで問題の一部分に過ぎず、
また根本的な問題があるが故の結果の一端でしかない。
 根本的な問題とは何か。
それは、ひとつだけ、これだと指摘することはなかなか難しいのだが、やはりシステムの劣化であり、どこかで根本的に現在の政治システム、民主主義と言われているシステムを考え直し、改善していくしかないのではと思う。
 また、政治家とか行政に関わる人間たちの劣化は目を覆うばかりであり、これもシステムに順応し、その中で利権を貪ることに長けた人間ばかりがのさばり、さまざまな面で国を良くしていく、国民の暮らしを良くしていく、他国との関係を良好に保ち、問題を解決していく、といった基本的な国のあり方さえも、浅薄に軽く考えている人間ばかりが集まってしまった結果でもある。そのような人間たちは、外面は良い。人々に受けの良い演説をすることが出来たりもする。しかし、中身がない。もっとも、そういう人間に騙される国民にも問題はあるが、それはそういう政治家を選ぶ側にも、多かれ少なかれ利権に与ったり、どこかうまい汁を吸おうという下心があるからだろう。
 そもそも、政治家はペテン師、詐欺師である。これは昔から変わらない。日本だけではなくて、世界の常識でもある。
だから仕方がない、ということではなく、そういう人間がのし上がれるシステムがおかしいのであり、そういうものを変えていかないといけない。
 世の中には、自分こそがこの国を変える、社会を変える、国民が幸せに暮らせる世の中を作ると主張し、選挙に立候補する人間が後を絶たないが、はっきりいってこれらの人間も同じ穴の狢であり、悪いやつらがのさばるように出来たシステムに則って政治家になるということは、自分も利権に与り、国民のことなどは考えてもいませんよ、ということなのだ。
 だから、選挙の度に、選挙に行かなければならないとか、選挙に行くことが国を変えるとか、もっともらしく宣う政府に批判的な人や野党支持者たちがいるが、そういう程度の意識しか持ち合わせていないから駄目なのだ。
 そこに気がつかないと、何も変わらないだろう。
 
 しかし、人間には、そんな無能な連中ばかりではない。気がついている人はいるし、行動に移している人もいる。全体からみたらまだ少ないかもしれないが、全国で数は増え続けていると感じる。
 この国を変えていくためにどうしたらいいのか、何をしたら良いのか。
漠然とだが、私にも方向性は見えている。また、どういう意識を持つべきかも大体わかっている。
それが何かは書かないが、書くまでもなく、わかっている人は少なからず存在するので、それがまだ希望ではある。
もっといえば、人から聞かなければわからないような人間は、もはや可能性はないと言ってもいいのではないか。
もちろん、答はないのだが、少なくとも「長いものに巻かれ」ていては駄目なのだ。
日本人は、世界でも長いものに巻かれるのが好きな人が多い国民だと思っているが、それは楽な生き方であるが、もうそういうことは通用しなくなりつつあると気がつかなければならない。
 そして、小さなことでもいい。一つでも、常識を疑い、長年ロボットのように繰り返してきたことの一つでも明日から止めてみる。そういうことが一歩なのだ。そこに気がついて欲しい。
 そういうことをしたからといって、生活が楽になるとか、突然金持ちになるとか、社会の中での地位があがるとか、そのようなことは一切ない。むしろ、生きにくくなるだろう。でも、生きにくくなるということは、自分が社会に抵抗していることの証でもあり、それは少なくとも正しい方向、より人間的な生き方へとシフトしつつある証左でもある。
 私はこの数年、さまざまな地方との関わりを持っているが、確実に自分で未来を切り開こう、社会を変えていこうという人間は増えている。とくに、若い人たちの間で、その動きは顕著だといえる。私のような、老年にさしかかった人間にも、そのような人は少しずつ増えていて、これらの動きは非常に面白いと思うし、今後10年、20年で、世界は大きく変わっていくだろう。
 
 今は、世界システムが壊れ始めている時だ。だからこそ、旧態にしがみつこうとする古い連中が、抵抗し、それが諸々の悪い事象となって現れてもいる。しかし、そういうことは、結局うまくいかず、世界は変わっていくだろう。
 
 はっきりいって、政治のことなどに、誰もが関心を持たない社会になればいいと思っている。
人間が作り上げてきた愚かなシステムにいつまでもしがみつくのではなく、もっと私たちが本来もっている感性に従おうではないか。
人間は神ではない。ましてや、自然や他の人間を支配したりできるような生き物でもない。
私たちは、本質的に平等であり、互いに助け合いながら、各人が出来ることをやり、自然に感謝しながら生きていくべき生命体なのだ。
基本はシンプルであり、だからこそ誰にでも出来ることであり、そこにしか未来はない。

私も、どうしようもない業界の中で長らく生きてきたことの弊害を引き摺っている部分がまだまだあり、それが自分でも非常な嫌悪でもあるのだが、
少しでもそういった負の遺産を振り払っていき、関わらないようにしていきたい。
短い人生なのだ。少しでも、人間らしさを取り戻し、精神の安寧を取り戻したいではないか。

私が今やり始めていることなども、少しずつ追って紹介していくことも出来ると思う。
そのときには、少しでも多くの人たちに関わって欲しいし、自分の経験も、そのなかで少しでも良い意味で生かせていくのではないかと思う。


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by shmurat | 2017-07-27 23:08 | 今の世界を考える | Comments(0)