物語を読むことの豊饒さ


本を読む人が年々減少していると聞く。
実際に、どの程度に本を読む人がいなくなっているのかは定かではないが、
大手出版社の収益は年々悪化しているようだし、中小の出版社が毎年のように数十社もつぶれていることを鑑みるに、確かに読書という習慣はなくなりつつあるのかもしれない。
 習慣がなくなりつつあるだけならまだしも、物事を深く考える人が減っているのではないか。私の危惧するのは、その点につきる。
読書というと、なんだか本を買ってきて、ページを埋め尽くした文字を読むだけのように思えるが、実はそこにこそ、人間が生きることの本質に繋がること、生きるために知るべきこと、物語の中に書かれたさまざまな情景を想像し、感情移入していくことの醍醐味などがある。
 書を読むことの先に拡がる世界には、テレビや映画、あるいは自分が日々生きている世界とはまた違った、奥深い世界がある。
また、優れた書物を読むことにより、私たちはただ物事を知ったり、知識が増えたり、ということ以上に、自分が一生のうちに現実には体験できないであろうさまざまな人生に憑依し、登場人物に成り代わって、異なる生を生き、そこからまたさまざまな感情が沸き起こり、五感を刺激され、揺さぶられ云々、といった希有な体験が出来る。
 そして、そういう読書で得た経験は、現実の人生の中で生かされる場面も少なくないし、何よりも自身の感情が豊かになり、また画一化された思考を拒絶し、多様性を獲得することができる。
 そういうことは、実は世界で生きていくうえで、極めて大切なことなのだ。
現実社会の混乱、人間性の欠如が日々明らかになっているが、それらも豊かな情操を育む経験を持てない人、持てなかった人が、世界で増え続けているのにも一因があるのかなと思う。
 家柄が良いとか、学歴が高いとか、財産を持っているとか、大企業に勤めているとか、人間は何かにつけて人よりも自分は優れている、人よりも持っている、人よりも優秀だ、などと他人と自分を区別し、ともすれば上から見下ろすことにより、他人を蔑視し、優越感に浸ったりする、そういうことが国家単位、民族単位、企業単位など、大きな枠組みの中で動き始めると、それがやがて戦争になったりもするわけだ。
 また、現代は、物事が目まぐるしく動いている、忙しない社会でもある。
でも、それは、人間の思い込みでもあると思わないのか。
千年前と比べて、現代がなぜ忙しないのか。同じ地球で、同じ空気があり、動植物もそれほど変わっていない。同じ大陸で、同じようなものを食べている私たち。忙しない、のではなく、そう思い込み、そういう社会システムに飲み込まれて、盲従させられているだけではないのか。
 ここで大切なことは、自分の頭で考えることだろう。

より良い社会を作り出していくには、私たちは少しレールから降りて、深呼吸して、後ろから来てクラクションを鳴らしている車は、やり過ごせば良い。そして、ゆっくりとさまざまなことを見渡して、思考を深めていくこと。
私たちに必要なのは、そういう時間を持つことだ。
「そんなことできない、そんな暇はない」と言う人が多いかもしれない。
その時点で、その人はシステムに編み込まれてしまっているということだ。でも、そのシステムから抜け落ちることは簡単。
システムから外れてしまえば良い。そんなことは出来ない?
いや出来る。出来ないと思い込んでいるだけなんだ。

今日も、電車の中で私と目線が合った人たちの多くは、私の格好や顔つき、雰囲気をみて、なんだか変なやつだなあと思っているであろうけれど、人間としての視点からいえば、あなたたちの方が変なんですよ、と、私はいいたい。
自分たちは、この世界を支配している(ようにみえる)システムに巻かれ、それで思考することを忘れ、いっけん安泰だけれど、なんだか楽しくないと思っている。そんな顔の人たちが、なんとも多いことか。

ちょっと所用があり、ある書店に行ってきた。それは、世間にたくさんある書店とは、かなり変わった書店で、開店が夕方からで、置いている本もかなり異色、商売っ気がまったくない。それでいて、お店の人は、とてもいい顔をしていた。
じつは、同じような世界の人だと、私にはすぐにわかったけれど、おそらく彼にもそれはわかっていたに違いない。
ひとしきり、本の話などをしてきたけれど、この息の詰まる東京都心にあって、まさに一陣の涼風に包まれたような体験だった。

さて、とにかく本を読んで欲しい。
ただし、なんでも良いわけではない。
メディアが取りあげる、○○賞を受賞したような作品は読まないでよろしい。
薄っぺらい内容で、人為の世界の表層をなぞっただけのものなど、紙の無駄遣い。
でも、書店でじっくりと本を探していると、ほんとうに優れた書物は、じつは以外に多いということに気がつくはずだ。
何が優れている?どの作家?
自分で考えて、探し、そして買う。それが大事。
そして、時には、何時間でも、読書の世界に浸って欲しい。
読む時間がない?
では、会社を休めば良い。学校を休めば良い。
また、忙しい(ふり)をしている人たちに限って、スマートフォンを延々と弄る時間はあるようだから、
それを脇に置いて、時には紙の本のページを捲ってみてはどうだろうか。
そんなことも出来ないようでは、お先真っ暗だろう。
長いものに巻かれて、予定調和の人生が送りたい人は、私が書いていることなど無視して、明日の満員電車に備えて、寝るがいい。
でも、人生、自分のやりたいようにやっていいんだよな、とか、世界ではさまざまなことが起きている、いろんな人が住んでいる。いろんな土地がある。そして、私たちの住むこの島(日本のこと)にも、美しく広大な自然、豊饒な文化や歴史がある。そして、無数の可能性もある。ということに気がついた人は、少し生活のサイクルを変えてみることから始めるといいだろう。
 人生の切り開き方は千差万別だけれど、まず本を読むことから拡がる世界は、ワクワクするような可能性を秘めている。
また、学校や会社や友人たちが教えてくれない、知らないことにも溢れている。

良い季節になってきたことでもあるし、カフェのテラスに座って、お気に入りの書物を読む時間を持つことをお勧めしたい。
なんとも贅沢な時間の過ごし方ではないか。
美味しい珈琲を飲みながら、自然の音を聞きながら、至福の時を過ごす。
そして、豊かな知恵を手に入れる。
画一化された情報があらゆる方向から目や耳に入ってくる現代。
そういうものを出来るだけ遮って、自分だけの世界で思索を深化させること、そんな時間を少しでも多く持つことが、
この先の生を左右するかもしれないのだ。





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by shmurat | 2017-06-14 22:53 | 日々徒然の記 | Comments(0)