昨今のメディアの劣化の末期症状

そもそもジャーナリズムというものは、元来必要のないものであったと私は思う。
つまり、いわゆるプロのジャーナリストという人種が存在し、それが戦争や災害、事件などを伝えるということでいえば、そういうものの存在価値があるのっだろうか、という観点からの考えである。
 人間が存在するようになって以来、現在のジャーナリストが報道するような出来事は起こってきたと思うが、文明の草創期や交通機関やメディアが使う機械やシステムができあがる前には、そのような職業はなかったし、ましてやそのようなことが職業たり得るとは、よもや考えもしなかったのではないかと思う。
そのようなことは、経験した人たちが口伝で伝えたり、通りかかった他の地域の人が自分のコミュニティーに帰って話し伝えたり、あるいは書き残したり、といったことだったのだと思う。
 現在でいうジャーナリズムの元のようなものが出来てきたのは、いつのころからだったのだろう。ここでは、ジャーナリズムの起源をたどるのが目的ではないので、そのことの詳細には触れないが、産業革命が起きた頃とほぼ時を同じくして、メディアというものが出来て、人間がいままでは考えられなかった長い距離を移動するようになり、かつては想像も出来なかったことを見聞するようにもなり、そういうことを伝えるようなことが職業となってきたのではないかと思う。そのころには、新聞や本というものも出来ていたから、ここで職業としてのジャーナリストや、書くこと、話すことによって生計を立てる人間が現れてきたのだろう。
 そう考えると、ジャーナリズムというものには、それなりの歴史があるようだが、しかしそれが私たち人間にとってなにかプラスの意味合いで影響を与えてきたことはあるのだろうか。あるのかもしれないが、思いつかない。
むしろ、ネガティブな影響を与えてきたのではないだろうか。これは実例をあげれば数限りないうえに、私も全てを知っているわけではないので、やはり簡単に記述するが、たとえばアフリカで18世紀に探検していた白人たちがいるが、かれらが探検しているくらいでは、その後のアフリカに対する破滅的な収奪ということは、なかなか起こりなかったかもしれないのだが、それを伝える人間がいて、(そういうことが出来るとわかっていたから、彼らが徴用されたともいえるかもしれないが)それが欧米の多くの人間に知られることとなり、それがさらなる侵略や収奪、殺戮を生み出したのではないのか。
だとすれば、ジャーナリズムが犯した罪は、極めて大きいと言わねばならない。
18世紀以来、そのようなことはたくさん起きてきたのだが、その一方、報道することにより、人々を救う、戦争を終わらせる、正義をもたらす、云々、ということが実現した例は、ほぼないのではないか。

 そもそも、私自身がジャーナリストであり、写真家でもある(あった、といったほうがどちらかといえば正確なのだが)から、よくわかるが、ジャーナリズムに携わる連中のほぼ全てが、金儲けやスリリングた経験、名声、それらの為にやっている仕事。それがジャーナリズムの正体であって、それ以上のものではない。ただ、そんなことを表だっては言えないので、正義のためにとか、不正を追及するとか、戦争を終わらせるとか、誰もがなっとくするような美辞麗句をならべたてて、自分たちの自尊心を満足させ、しかも収入も得て、名声も得る可能性があるこの仕事を続ける言い訳としてきたのだ。

さて、また長くなるので、短めにしたい。

今日も日本のメディアは、辞任した復興相の話におおきく時間を割いている。
たしかに、この人物は言葉が安易であり、思慮が足りなかったと思う。問題になっている発言は、いわゆる言葉足らずだったということであり、それをおもしろおかしく誇大に伝えたのがメディアだったということだと私は思う。
東北大震災と津波のことで、「東北だったから良かった云々」のことばは、確かに聞きようによってはとんでもない発言である。しかし、前後の脈絡から考えると、東北でもあれほどの被害になった、もし首都圏だったらさらに莫大な被害になる、というような主旨だと私は感じた。もちろん、このことを言う意味がわからないともいえるが、少なくとも被害が東北でよかった、ということではないはずだ。それは、大臣としては誤解を招く発言だったとはいえ、それを興味本位に報じて、鬼の首をとったかのごとく報道している大手メディアの、なんとも程度の低いことか。
大臣のことを批判し、糾弾し、追求するのもいいが、自分たちの馬鹿さ加減にもいいかげん気がつくべきだろう。つまり、社会を変えていく、おかしな事を明らかにし、指針を示し、建設的な提言をして、未来を築いていくことの進路を示すことがジャーナリズムであると考えると、現在のメディアのなかで、ジャーナリズムを遂行しているといえるメディアは皆無ではないのか(少しはいることは知っている)。個人でも、ほとんどは、本姓の腐ったような人間ばかりだ。

上に挙げたのは一例であり、こんなことが現在の日本では山積しているし、もちろん海外でも昨今のメディアはすでに崩壊しつつある。
近年、海外の戦場で命を落とすジャーナリストが増えている、そして、さまざまな国で、権力に拘束される記者も増えている。そのようなときに、よく言われるスローガンが、Journalism is not a crime ジャーナリズムは犯罪ではない ということだが、私は現代のジャーナリズムは犯罪だと思う。上に挙げたような美辞麗句を旗印に、人々の心を踏みにじり、プライバシーに土足で立ち入り、現地のことを知りもしない素人たちが、偉そうにカメラの前で語っている。映画だったら、まだ笑ってみていられるが、現実だということを踏まえると、見過ごすわけにはいかないだろう。

この件については、また追って書いていきたい。

続く To be continued.

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by shmurat | 2017-04-26 22:27 | ジャーナリズム考察 | Comments(0)