「沈黙」を読んで

 遠藤周作の小説「沈黙」を読んだ。

遠藤周作の著作は、実は初めて読んだ。彼がクリスチャンであり、キリスト教絡みの本をたくさん書いていることは知っていたが、しっかりと読んだのは、今回が初めてだった。きっかけは、マーティン・スコセッシ監督により、映画化されたことだ。映画は今週末から公開されるからまだ観ていないが、小説を読んでもろもろ思うところもあったので、感想とか、自分なりの考えなどを綴ってみたい。
 物語は、島原の乱の後の長崎地域。キリシタン弾圧が強まる中で、ポルトガルの司祭の中でもおおきな尊敬を集めていたフェレイラ神父が棄教したとの知らせを受けた仲間たちが、彼の消息と危険を承知の上での宣教のために、鎖国下の日本に渡るところから始まる。
 無事に日本にたどり着いたロドリゴとガルペ。隠れキリシタンの漁民たちに匿われて密かに暮らし、漁民たちの過酷な暮らしを目の当たりにする。官憲が毎日のように村に来るので、外に出ることが出来ない。また、マカオから一緒に来た日本人キチジローはまったく信用できない。
 フェレイラを探すため、また官憲に捕まることを避けるため、ロドリゴとガルペは別の道を行くことに。その道中でさまざまな苦難があり、幾多の日本人クリスチャンたちの死、同僚ガルペの死と対面し、自身も捕まり、長崎でいよいよフェレイラと対面。
 その会話も非常に興味深い。また、信仰とは何か、を、深く考えさせられる。神の沈黙をテーマに物語りは書かれているが、宗教の根幹を問い続ける現実と、自らの信仰、神の存在への揺らぎなどが描かれ、非常に重い、しかし極めて意味のある内容となっている。
また、神を信じることと、教会への忠誠心の問題にもさりげなく触れており、現代社会では当たり前になっている、教会の権威(他の宗教でも同じだろう。イスラーム、寺や神社、ヒンドゥーなどでも)の問題にも触れていることは、非常に示唆的だと感じる。
 また、現代世界では、宗教の形骸化も進み(とくにキリスト教では)、教会に対する反発も多いと思うが、このへんは、たとえばドストエフスキーのカラマーゾフの兄弟を読むとよくわかるが、教会がいかに信仰を逸脱し、預言者イエスさえも悪用して権力を維持しているかがわかる。
 宗教の出自、背教により死と直面する、ということは、たとえば現在でもイラクやシリアなどでも日常的に問題となっている。そういうことからしても、この小説は、生きることの本質に切り込んでいる、極めて意味深い小説だと思う。
 自分たちの日々の生、度々起きる不条理、不正義の中で、自身と神の(信仰の)関係や自身の気持ち、神とはなんなのか。人間は何故生きるのか。など、根源的なテーマに深く切り込み、問いを突きつけてくる小説。

 今を生きる私たちが、必ず読むべき書だと思う。
是非一読することを薦める。



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by shmurat | 2017-01-18 19:35 | エッセイ 記憶を巡る旅 | Comments(0)