死と硝煙に満ちたイマージュの彼方から



昨日もまた、米国で多くの命を奪う殺戮が起きた。
このようなことが、世界中で毎日のように起きているのだが、昨日の事件は規模、事件に絡む関係性などからも、現在の世界を取り巻く象徴のようなところもあった。たとえば、「ゲイ」であり、たとえば「IS」であり、ヘイトクライム であり、移民(犯人は移民の二世だったと伝えられている)であり、さまざまな現代の世相を象徴するもの、特異なものが交錯した出来事でもあった。
 さて、いずれにしても、私たちの多くは、こういった出来事をメディアを通して知ることになる。それは、映像、写真、文章、あるいはアナウンサーの語り等々であり、そういったことから、私たちは実際に何が起きたのかを知る、あるいは少なくとも想像することが出来るようになる。
 
 とはいえ、実際にその場に行ったことがある人や住んでいる人以外には、じつはほとんど真実は伝わらないのではないか。それが私が感じていること。
 このニュースでも、場所や店の名前、どんな店だったか、現地の雰囲気、気候風土、目撃者たちの発言、犯人の顔写真、過去など次から次へと情報が出てきているが、それでもわかることはきわめて限られているし、やはりそこから何が起きたのかを性格に判断することはムズカシイ。また、その場の雰囲気を感じること、つまり単に殺人が起きた場所としてではなく、その場所のことをより俯瞰的に感じて見通せることは至難の業だろう。
 
 同じ事は、私が長く関わっているフォトジャーナリズムの世界でも、あるいは長年行き続けている中東やアフリカのさまざまな地のことでもいえるだろう。
 
 たとえば、2003年のイラク戦争以来、あらゆる面で混乱が続いている中東の国、イラク。歴史的には、文明発祥の地のひとつとして、数千年前からの高度な文明を誇り、科学、物理学、天文学や果ては音楽や文芸まで、さまざまな発見や創始もこの地が発祥と言われているほど、人間の歴史にとって重要な場所であり、その自然、遺跡、宗教など、大切に維持してこれからも伝えていくべきものも多いのだが、残念ながらこの20年以上の戦乱のなかで、破壊された遺産も多いし、数千年続いてきた貴重な信仰で、迫害されて失われたものも多い。
 
 そして、イラクで起きているそういったこと、日々の戦乱のこと、爆弾テロ、どこで戦闘があった云々、ISILがファルージャを支配、政府軍がファルージャ奪還へ? モスルは? アルビルは第二のドバイ?? シンジャールは解放された・・・。ヤズィーディが・・・。さまざまなトピックが、次々に大手メディアやフリーランス含めたジャーナリスト、フォトグラファーらによって取材され、伝えられていく。それらは必要なこと?必要なこととされている。 それに意義申し立ては出来ない。 しかし、ほんとうに必要なのか。誰が必要としているのか。知りたい欲求を満たしてくれるかもしれないが、結局何を知ったことになるのか。
 
 明確に見える形での、誰もが理解する形での、そんなわかりやすい答はないのだろう。私は、そういうものはないと思うし、あるという意識を持つことは、傲慢だと思う。そして、私たちはそもそも何も知らないし、ほとんどなにも知ることはないのだから、曖昧で良いし、曖昧さが、逆に人に多くのことを伝えうるのだと思う。それは、伝えるというよりも、理解するきっかけを与える。決めつけない、こと。その緩やかな空気が、いろんなことを想像することを容認する、さまざまな意識が入っていける、つまり余韻がある。
 これが大切なことだと思う。
私たちは、決めつけることが好きだ。
とくに、人より秀でている(かもしれない人)や、人がやっていないことをやった人、ほとんど誰も行ったことがないところに行った人、またジャーナリストや学者、先生たち、政治家など、上から目線で断定する人は多いが、その人たちはいったい何を言っているのだろう。口角泡を飛ばしながら語るそんな人たちの言葉は、実はまったく雑音でしかなくて、どれほど耳元で言われても、残滓さえものこらない。
 しかし、決めつけることは間違いなのだ。なぜならば、私たちは何も知らないから。知っている気になり、知っているふりをすることにより、私たちは社会性を保ち、それでいい気になり、時にはそれで利益を生み出している。

 大事なことは、何も知らないということを認めること。
そして、さらに言えば、相手に対して、敬意を持ち続けること。
今のこの文章の文脈では、イラクのことを書いていたから、たとえばイラクの人たちや文化、自然に対して、私たちは敬意を持ち続けることが大切だということだ。
 そうすることにより、相手への優しさや寛容が芽生え、また相手のことを知ろう、とする意識も生じる。そして、先入観やつけ刃的な知識ではなくて、自分で想像してみよう、考えようという気持ちになる。
 それが第一歩だ。そこから拡がる世界には、あらゆる明るい未来が拡がっている可能性がある。それは、あなたたちの気持ち次第であり、そういう意識を持ち続けることが、未来へと繋がっている。


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Karbala, Iraq
 

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Commented by カニーゼ・ファティマ at 2016-06-14 01:32 x
最後のカルバラのお写真に目頭が熱くなりました。
文章全体に、村田様のお心の中にある葛藤、疑問、煮えきらぬ思い、苛立ち、迷い、そんなものが凝縮されたブログではと思いました。私もその思いの何十分の一かをここインドで感じております。
そして最も重要なこと、『イラクの人たちや文化、自然に対して、私たちは敬意を持ち続けることが大切』
ここにわれわれ何も知らない知ったかぶりの人たちが常にこころに留め置かねばなるぬモラルがあると思いました。
気付かせてくださってありがとうございました。
Commented by shmurat at 2016-06-14 09:10
> カニーゼ・ファティマさん
コメントありがとうございました。
なかなか言葉で説明できない部分もあるのですが、おそらくファティマさんが感じていることは、同じ事だと思います。そして、この感覚を多くの人たちが感じることができるようになれば、世界は変わっていくと思います。
by shmurat | 2016-06-13 12:14 | 写真で伝える、ということ | Comments(2)