国連 世界平和のための組織  という幻想


 日本では国際連合、略して 「国連」と呼ばれることが多い組織UNITED NATIONS。
今更指摘しなくても知っている人も多いだろうが、どうにもわかっていない人も少なからずいそうなので、改めて指摘したいが、この組織は世界平和のために存在するのではなく、また実際にそのために働いているわけでもない。正式名称も、よりただしく邦訳すれば、「連合国」となり、これは文字通り組織の性格を表していて、「国連」という名称を取りやめて「連合国」を使うべきだと私は思う。

 何故こんな事を書いているかといえば、1945年に当時の連合国が作ったこの組織は、国際平和に寄与するという建前の元に発足し、そのためと称して以後活動しているが、実際には先にも書いたように、第二次大戦の戦勝国に有利な政策を実現したり、また援助や支援とは名ばかりで、アフリカや中東、アジア、ラテンアメリカなどのいわゆる「途上国」を支配下に置くために活動している。支配下、という言葉を使うことには反発もあると思うが、実際に起きていることに照らし合わせると、そういうことであるので、その言葉を使う。
 
 以下の文章を書いていく上で、便宜上「国連」という名称を使うことにするが、それはこの名称が広く知られているうえに、理解しやすいということだからであり、不適切であることには変わりはないことを認識してほしい。

 私自身が国連の活動を直接見るようになるのは、1990年以降のことだ。
自分がフォトジャーナリストとして、戦場に行くようになり、それぞれの現場やその周辺でオペレーションしている国連各機関の職員、スタッフたちと会ったり、彼らの車両や飛行機に乗せて貰うことも少なからずあった。私が行く場所は、アフリカや中東が主であったが、そういう場で出会うスタッフたちは、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)、WHO(世界保健機関)、WFP(世界食糧計画)、UNDP(国連開発計画)、UNRWA(国連パレスチナ難民救済機関)などの職員が多かった。そして私が知る限り、ほとんどの職員やスタッフたちは一生懸命に働いていたと思うし、そのことによって多くの難民や被災者たちが救われたであろうことも、また事実だと思う。

 一方、国連にはPKOという活動もある。いわゆる、平和維持活動であり、紛争地に入り、紛争当事者の引き離し、治安維持などに当たる部隊で、一般的には平和のために駐留し、戦わない軍隊というイメージで語られていた(過去形。近年彼らが戦闘に関わるケースも少なからずあるので)、また戦争で抑圧されたり、逃げてきた人たちにとっては、PKO部隊の兵士たちは命がけで彼らを守る、はずの部隊だった。
 しかしその部隊が、必死の思いで逃げてきた人たちに何をしているのか。私が見たことは一部に過ぎないが、たとえばルワンダの大虐殺が続いている最中に、首都キガリのスタジアムに逃げていた多くの避難民を守っていた国連PKO部隊は、支援物資を避難民たちに売りつけていた。それを撮影しようとした私に怒鳴りつけ、銃を向けようとした。そして、そのような例はたくさんあり、そういうことの延長にあることのひとつが、昨年来なんども報じられた、国連部隊による子供たちへの性的搾取、暴力などでもあるのだろう。
 その報道を聞いたとき、私にはとくに驚きはなかった。むしろ、実際にはもっと事例はあるだろうに、なぜ今更と思ったくらいだ。
今日の報道では、その告発をした当事者のアンダース・コンパス氏が国連を退職したとのこと。責められるべきは、罪を犯した兵士たちや現地の指揮官らであるし、国連内部での綱紀粛正や犯罪者の摘発なども必要であるのに、犯罪を黙殺せずに告発した人間が組織から追い出されるとは。国連という組織は、もはやその程度に成り下がってしまっていたのだ。そして、巨大な官僚組織でもあり、利権やコネが大きくまかり通る世界でもあり、よって不正など日常茶飯事であり、またそういうことには互いに目をつぶり合って、適当に互いの傷をなめ合っている組織なのだろう。
 他にも、職員の怠慢や、高圧的な態度、難民たちに対する非情な扱いなど、私自身もいくつも見ているが、実際には酷いものだろうと想像がつく。
 
 日本では、国連というとまるで正義の味方のごとくでもあるが、やはり戦後70年が過ぎて、肥大化して硬直化した組織は、そろそろ解体するのがいいのではないかと思う。自分たちの自浄が働かないようなので、外から変えていくしかない。
 世界には、戦乱が溢れ、多くの人たちが苦しんでいる。不条理な死に追い込まれ、家や土地を奪われ続けている。国連が出来た当時よりも、今の方がそういうケースも、そういう事態に直面する人々も増えている。では国連は何をやってきたのか?紛争の根本的な解決を図ってきたのか。それを組織の究極の目的として、ほんとうに考えているのだろうか
 私見だが、そうは思えない。いや、むしろ紛争を助長し、紛争当事者たちを適当にのさばらせ、難民たちには適度に支援し、生殺し状態に置く。つまり、自分たちの仕事がなくなっては困るので(人道支援などの名目の)援助をしているように見せ、半永久的に予算を取り続け、高給を受け続ける。これが国連の存在意義であろう。そして、その組織があるかぎり、世界から紛争や飢餓、不信はなくならない。
 もともと、連合国の平和のために作られた組織であり(今でも敵国条項には、日本の名前が入っている)、世界平和になど資する意思もない組織だということを、改めて肝に銘じる必要があるだろう。だとすれば、その意思に従っているのは間違いないのかもしれないが、今のこと破滅的な世界の状況をみるにつけて、その存在意義は消えつつアルとしかいえない。
 あるひとつの事象に対処すればいい、という時は過ぎ去った。もはや国連という組織は存在理由がないのだ。
そう断言できるだろう。

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by shmurat | 2016-06-09 12:50 | 今の世界を考える | Comments(0)